すごいことを発見しました。
というより、まだ解決していない言葉の疑問を発見したというところでしょうか。
疑問?論点?なんていうんですかね、言葉って難しいですね。
論点でいきましょう。
今日の論点はこちら。
「forgiveとforget」って対になってない?
なってる。
どう見てもなってますよね。
でも、どういう対になっているのか、なぜ対になっているのか、ちゃんと説明できない。
説明しようとするほど、
もしかして対になってるわけじゃないかもしれない、
giveとgetが入っているのはたまたまかもしれないと思えてきます。
ワンダー言語こと「多言語間での同音同義語」を探求するものとしては、同音同義語と並んで「別の言語・文化圏なのに同じ成り立ちをしたっぽい言葉」にもたいへん篤い興味を持っています。
なので、最終的にはforgiveとforgetの関係が日本語の「許す」と「忘れる」の関係にも当てはまる!っていうところまでいきたいです。
さあやっていこう。
まず「forgive」というのは英語で「許す」という意味です。個人的には、どこかキリスト教的な響きのある言葉だと思っています。「赦す」って感じでしょうか。
「許す」という意味の言葉に、giveが入っている点がキリスト教的なのかもしれません。許すことと与えることが密接な関係にあるとはなかなか思えないと思うので。
ちなみにこれ、ちっとも調べないで喋っていますのでそのつもりで読んだり、バカめと蔑んだりしてください。
「許す」という行為は、自分が(相手や罪を)「許すか、許さないか。」に終始しています。どうやったって自分が許せないと思っていることを許すことはできないです。許せないことだろうが、許したらその時点で許している。
反面、英語の「forgive」の中には明確に、giveの要素が入っています。相手のために許すということに重きを置いていることになります。自分の判断ではないっていう感じが、また宗教的ですよね。
で、もう一方の「forget」ですが、こちらはご存知、日本語の「忘れる」に対応しています。
記憶しておかない、記憶から消えてしまう。覚えていない状態になるっていうことですが、これは逆に、自分の為にという感じも、ましてや相手のためにという感じもしませんよね。日本語の「忘れる」にはあまりポジティブな響きはありません。
起こってしまうことという感じで、動詞なのに現象みたいに扱われることが多いです。
忘れる行為を意図することはできず、「忘れてしまった」という過去、「忘れた」状態、「忘れたい」願望を表すことに、結果的に、なってしまう言葉です。
日本語では。
翻って、英語のforgetに戻ってくると、getですよね。これまた明確に、なにかを手に入れるニュアンスが入ってきてますが、それよりも数あるgetの意味の中でも「〜な状態になる」という使い方が合いそうです。
「get tired」(疲れる)、「get lucky」(幸運になる)
ここまできてやってみたいのは、何をforgiveし、何をforgetするかを、同じ条件で比較することです。
実験ケースとして、「あの子のミスを」でやってみました。
「あの子のミスを許す」Forgive her mistake.
「あの子のミスを忘れる」Forget her mistake.
それをした結果をめっちゃ簡素化して考えてみると、
「あの子のミスを許す」=「ミスを罰しない」=「ミスについて何もしない」
「あの子のミスを忘れる」=「ミスがなかったことになる」=「ミスについて何もしない」
どうでしょう。
「許す」ことも「忘れる」ことも、同じ結果になることが多いのでは?
もちろんいろんなケースがあります。「ミスを許す」→「もうしないように諭す」となることもありえますよね。
でも、「諭す」のは「ミス」に直接何かするのではなく「あの子」に対するアクションだと考えると、「ミス」に対しては何もしていないといえてきます。
まあ当てはまらないケースがあることはわかりつつも、おおかたの場合、あるいはforget / forgiveという言葉が生まれたころの時代では、どちらも「何もしない」ことだったのではないでしょうか。
そして、誰かに「何もしない」を与えるforgive。
自分が「何もしない」「状態になる(get)」forget。
そう考えると対になっていることの説明に代えられるでしょうか?
とっても面白いですね。
日本語の「許す」と「忘れる」の関係でも同様と言えるでしょうか?
今度考えてみたいと思います。
てかね、今回のブログ書きながら、「忘れる」ってやばってなりました。
「自らの意思で忘れることができない」点で、特異だな、と。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
新中野製作所
安倍大智
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